じゃき。よろしゅう頼むぜよ｣ ｢ええと、何方の名前でお呼びすれば｣ ｢身内の前じゃったら、坂本で構わんがよ。じゃけんど、外では才谷の方が都合ええのう。"坂本龍馬"はしたお尋ね者やき｣ 　自身をお尋ね者と言いながらも、坂本は極めて明るかった。何者かは全く分からないが、悪さをするような人物には見えないと桜司郎は小首を傾げる。 ｢そうじゃ、高杉。幕府の使者とやらはもう来たかえ？西国へ向かっちゅうち話しを小耳に挟んだけんど｣ 　それはまさに桜司郎が随行していた訊問使を指していた。高杉は盃を畳の上へ置くと、ニヤリと笑みを浮かべる。 ｢来たっちゃ。じゃけど、もうお帰り頂いた。長州へ入ろうとしちょったみたいじゃが、こちらと岩国の吉川家とは話しがついちょったけえ、無駄足じゃったろうな｣ 　幕府から訊問使が遣わされるとの通達が届いてから、直ぐに長州は対策を打った。家中は既に抗戦論となっていたため、そう時間もかからなかった。 　高杉の言葉を聞いた途端、坂本は真剣な眼差しを帯びる。例えるのなら、人畜無害な町人から、刀を手にした侍へ変わったといったところだろうか。 ｢……ほう。ちゅうことは、戦になるろうか？｣ ｢間違いなく、なる｣ 　二人の物騒な会話を聞きながら、桜司郎は心中穏やかで居られなかった。その脳裏には一昨年の禁門の変で見た光景が浮かぶ。錯信安全期、體外射精易出意外！註冊護士講解雙重避孕更為可靠 多くの家が焼け出され、人々が路頭に迷った。あっさりと命が奪われていったのだ。あれがまた繰り返されるというのだろうか。 　高杉は横目で桜司郎を見た。戦という言葉に明らかに反応しており、分かりやすいと口角を上げる。 ｢……と。坂本、この話しはまた後じゃ。の前でするモンじゃないけえ｣ ｢おお、ほうじゃのう。配慮が足りんかったき。堪忍ぜよ。……ところで、桜花さんは何者じゃ？ただの女子じゃあないがろう。男の格好をしちゅうし、あの高杉が連れ回す程じゃき。気になるがよ〜｣ 　手酌で酒を煽りながら、坂本は訝しげに桜司郎を見た。高杉はふう、と溜め息を吐く。 ｢大きい声では言えんが……。桜花は京の壬生狼んとこで"女中"をしちょる。じゃけど、その前から知り合いやったんじゃ｣ 　その言葉に桜司郎は僅かに目を見開いた。思えば、怪我をして世話になってから一度も新撰組隊士になったことや、名を変えたことを伝えてないことに気付く。 ｢ほう！壬生狼か。それまたえらいところに居るにゃあ。もしや間者かえ？｣ 　坂本は驚愕の表情で桜司郎を見やった。視線を向けられた桜司郎は慌てて手を横に振る。 ｢ち、違います。私は──｣ ｢ただの女中じゃ。もう二年も顔を合わせちょらんかったがの。の幕府からの使節に同行しちょったけえ、そこを攫ったんじゃ｣ 　高杉はあっけらかんと言った。坂本は更に驚いたように目を丸くした後、眉を顰める。 ｢た、高杉。人攫いかえ｣ ｢まさか居るとは思わんかったんじゃ。ほうでもせにゃ、連れ出せんかったけえ。……ええか、坂本。桜花はのう、君の言う通りにただの女子じゃない｣ ｢ほう？｣ ｢剣の腕は立つし、何よりも肝が座っちょる。そして僕が出じゃと思うた──｣ 　高杉は懐かしげに目を細めると、二年前の出来事を脳裏に浮かべつつ話し出した。 ──よく雪の降る日のことだった。 　脱藩して京にいる桂や久坂の元へ向かったは良いものの、突然臆病風に吹かれてしまい、旧知の藤の家へ転がり込んだのである。